プロフィール
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タグ 購入 ゲーム 自動車 また なる
マイミク 127人
性別 男性
趣味 音楽鑑賞, カラオケ・バンド, ドライブ, マンガ, ゲーム, インターネット
好きな音楽 洋邦のロック、ポップス、テクノ(トランス含む)。洋楽のダンス系。洋邦ともに、知っている歌はカラオケで歌う傾向アリ
好きな本・マンガ やまむらはじめ先生の作品全般。マイナー志向なのはココ10年の傾向。
自己紹介 Free TIBET!

<政治的傾向>
中道左派とも、右翼とも。
日本を良くするためには右も左もない。やり遂げる確固たる信念があればそれでいい。
外交面ではスジが通る話なら友好国かどうかは関係ないと考えており、
日本の利益拡大になるなら米中韓露などをうまく使えと思っている。

<文化的傾向>
和モノを好む。
パロディよりもオリジナリティを求めるが、よくできたパロディはその作家のオリジナル作品と
みなしても良いと思っている。この辺フランス的。

<絵描きとしての傾向>
手本としたのが迎 夏生、中村 博文、柴田 昌弘、やまむらはじめと
ややクセのある絵であるため、相応のクセがあると思われる。


<略歴、というか人生の恥さらし>
幼稚園の頃から航空機、船舶、自動車に興味を持つようになる。
幼稚園の頃の夢はパイロットになること。

小学校低学年の頃には、タミヤのプラモデル(自動車)を一人で作れるほどになる。
小学校4年生のとき、剣道の昇級審査に合格したことをキッカケにラジコンイジリをはじめる。
なお、最初に買ったのはHot Shot。まわりの友人はHornetやMighty Frogといった軽量2WDに対し、タミヤ初フルタイム4WD車であり、フラットダートでは圧倒的に遅かった(泣
その後テクニゴールドモータやフルベアリング化、8.4Vバッテリ搭載などで速さを身に付けたが、すでにラジコンブームは終っていた。
小学校時代を通じて行っていたスポーツは水泳(小1〜)、ソフトボール(小2〜)、剣道(小4〜)。
水泳はクロールよりも平泳ぎのほうが得意で(単にクロールの息継ぎが上手く出来ないだけのこと)、平泳ぎで市の大会に出たかったが基準タイムをクリアできず記録無し。
ソフトボールは肩の弱さからセカンドかライトが定位置で、打順は7番位。飛距離は無いがクサい所に打ち込む技巧派、と思われていたらしい。
剣道は「型が綺麗」と言われたが試合には強くなく、市内の個人戦でも3回戦までいくかどうか(8〜9回戦めで決勝という大きな大会にしか出てない)。団体戦では次鋒が多かった。個人、団体とも市内の大会では賞を取った経験はない。

中学に入りエアソフトガンブームに。「ルパン三世」の影響でワルサーP38を所有したが、カネにモノを言わせキャリコなどで武装した連中にかなうわけもなく、バトルロイヤル方式のサバイバルゲームでは生存率は低かった。
また、このころに兄が自家用車を購入。ユーノス・ロードスター、トヨタ・スプリンターカリブAVスペシャル(限定版)、レガシィツーリングワゴンと言った、’89年を象徴するクルマの中からの選択であったため、市販車両の知識をこのころから取り込むようになる。
しかし、学校では陰湿ないじめにあい、一時は自殺も考えるほどであったが、担任教師や勇気あるクラスメイトのおかげでいじめはなくなった。
部活動は剣道。市内でも屈指の強豪校であり、小学校での剣道有力者がそのまま選手として出場してたこともあり、選手としての実績は無い。

高校は地元でも名の通った進学校(愛知県では公立の高校のほうが国公立大学への進学率が高い)へ。
中学2年の時の友人に見せられたMSXなどPCの魅力にハマり、PCメインの思考になる。
ちょうど高校入学直後に開かれたMSXフェスティバルの懸賞で、MSX turboR A1-ST(当時最新機種)が当たったことも影響している。
※世の中はスーパーファミコンだったのに、MSXなどPCゲーム漬けという程度
やりこんだゲームはXak2、Fray、キャンペーン版大戦略、提督の決断、ドラゴンナイト(いわゆるエロゲー。当時は18禁とかいう線引きは無かった)、闘神都市(エロゲー)、信長の野望 戦国群雄伝。
高校時代の部活動はパソコン部。通称”特処理”(特殊情報処理部の略)。学校祭にむけ自作ゲームを作ったり、そうでない時期は当時流行りを見せていたテーブルトークRPGやPC-8801版の大戦略2をやったりしていた。
また、テーブルトークRPGを見知らぬ他人同士でプレイするコンベンションにもよく参加した。
コンベンションが名古屋で開かれることが多かったため、コンベンション帰りにゲームセンターで「リッジレーサー」などレースゲームをたしなむようになる。また格闘ゲームでも「サムライスピリッツ」をよくプレイしていた。扱いやすさと決めセリフからナコルルをメインに、時折覇王丸を使っていた。
高校では理系を選択。理由は「得意な地理が選択できるから」。
大学進学を前に、航空自衛隊のパイロットの試験を受ける。実際合格したらパイロットになるつもりであった。学科試験は問題なくパスしたものの、身体測定等がある面接試験日に風邪をひき体はヘロヘロで平衡感覚がなく、また片目での深視力測定が壊滅的な結果だったこともあって不合格。
なおこの試験をパスしていれば、航空特性があるかをプロペラ機を使って検査する段階だった。
高校3年生の段階で、教育学部か理工系の学部かで悩んだものの、オープンキャンパスで工学系学部の面白さを知り、工学部に絞っていくことになる。
なお、「モノは試し」と防衛大学校を受験したものの、あまりの数学の問題のむずかしさに「これはないわ」と、数学の配点が少ない大学に狙いを絞っている。

三重大学工学部情報工学科に進学。がんばれば三重大学医学部もイケたかもしれないが、今更どうでもいい話…
テーブルトークRPGを通じて「イラストを描く」ことの面白さを感じていたこともあり、サークルはいわゆるマンガ研究会、三重大学では「三重大学漫画アニメ研究会MAD」と呼ばれるサークルに所属。なおMADは前進である漫画アニメ同好会の略称とのこと。
このころから同人マンガを買い始めるようになる。主に名古屋市のポートメッセなごやで開催される「コミックシティ」で格闘ゲーム(当時はヴァンパイアハンターなど)やオリジナルをメインに購入していったが、その後はオリジナル作品のみの即売会「オリジナルファンタジー」や「コミティア」に主軸を移した。
またイラストを描くことと同レベルでバイクに乗りたいという欲求が強まり、大学2年の時に自動二輪免許(中型限定)を取得している。
バイクの面白さを通じてモータスポーツに触れるようになるものの、主としてWRCやWGPなどの世界選手権ばかりであり、日本ローカルのJTCCなどは全く興味がなかった。
受験時期にちょうど冬季オリンピックが開催されていたこともあり、また兄の影響もありアルペンスキーに興味を持っていたが、実際に板を購入したのは大学3年のとき。またスキー場へ行ったのも3年次である。MAD内部で「スキーいこうぜ!」と声をかけても無反応だったのだ。
在学中にインターネットの世界に足を踏み込む。4年次の授業で、「自分を紹介するホームページを作成したら単位認定」というものがあったことが、今のやまむらとおるを形成する要因ともなっている。
就職についてはマスコミ、ゲーム、自動車、通信のどれかと考えていた。
実際、自動車系ではかなり良い所まで進んだのだが、教授推薦で現在の勤め先が決まったため、自動車メーカに行くことは無かった。
大学は計算の上で単位ギリギリで卒業。なお卒業アルバムの写真撮影日に大寝坊したため、一枚も写真に写っていない…

就職し配属された先は設計評価部署であり、配属直後から人に言えない秘密だらけの職場勤務である。
就職直後に「新車情報マガジンX」の掲示板に出入りするようになり、そこで自動車関連の知識を大量に取り込むことになる。
マガジンXの掲示板が実質閉鎖になったのち、自動車評論家の国沢光弘氏の個人ウェブページに出入りするようになり、知識の豊富さから「ミッション親方」の称号を得ることとなった。しかし国沢氏が白タクを連想させるような、ある種の義理を欠く日記を見てから「この人(国沢氏)に親切をしても仇で返されそう」と思い、離別。

就職して5年後に結婚。今年結婚10周年。

大学卒業と同時に、創作同人マンガ即売会「コミティア」のひとつ「名古屋コミティア」のメンバー(運営スタッフ)として活動を開始。
現在はサークル参加受付など対サークル対応、並びに即売会当日のBGM担当を担っている。


<自動車遍歴>
・二輪車
 YAMAHA FZR250…MADの先輩から1年以上放置されていた車体を5万円で譲ってもらったもの。特処理時代の友人に譲り渡したのち、廃車となった模様。
 YAMAHA Majesty…新車で発表された翌年3月に新車で購入。当時珍しいブラックボディで、総額70万と、ダイハツ ミゼット2が買えたやんけ!とはのちに発覚した事実である。東京や神戸で開催される同人誌イベントへと活躍した。
 YAMAHA FZR400RR-SP…発見した瞬間に購入即決。Majestyとの入れ替えであったが、Majestyがビッグスクーターブームの中、希少なブラックだったこともあり高値での下取りだったこともある。もともと保安部品を外せばレースに即参戦可能というマシンであるため、当然1人乗り。また4-5-6速がクロスしたクロスミッションだったため、180km/hでエンジンフケ切り。(ノーマルミッションだと計算上220km/hまで出る)結婚を前に売却。
 HONDA NS-1…町内・市内や近郊へ行くのに四輪車なんて空間とガソリンのムダと思い、コミティアのメンバーで乗っていないからということで譲っていただく。62ccにボアアップ済み、かつ通称”銀ポッシュ”がついていたため高速ツーリング可能であるが、二次減速比が走行パターンにあっていないため、要変更と考えている。

・四輪車
 TOYOTA SPRINTER CARIB AV-2 SPECIAL LIMITED(AE95G)
 兄が購入した車両を譲り受けたもの。主に通勤に利用したが後述のランティスに乗り換える際に売却。
 MAZDA LANTIS typeR(CBAEP)
 デビュー当初からマークしていた4ドアクーペ車。マガジンXの座談会にて、当時の編集長である牧野氏から「アレは良いぞ!買うべきだ」と背中を押されたのも購入動機の一つ。
 スキーにサーキットに同人誌即売会にと走り回り、今の運転スキルを養ったクルマともいえる。
 ’02年、瑞浪モーターランド(現YZサーキット東コース)のスポーツ走行にて、遅いドリ車のケツをつついて遊んでいるときに反撃を食らい、冷却水リザーバタンク破損からのオーバーヒートによりエンジン損傷。翌年にRX-8購入を控えていたため、そのまま廃車。
 MAZDA ROADSTER (NA6CE)
 RX-8購入までのつなぎ。中古車情報誌で「客寄せパンダ」として掲載されていた激安モデルを即決購入。
 購入後に足回りをSスペックのビルシュタインダンパーに交換したり、ボディ補強パーツを組んだりして、FR車の走らせ方を学ぶ。
 RX-8購入後に、知人を介して譲渡。
 MAZDA RX-8 typeS (SE3P)
 比類なきスポーツカー。RX-EVOLVが発表された時に「次はコレの市販モデル」と決めていたほどのもの。
 結婚直前に購入・納車であったため、サーキット走行などは出来なかった。しかし安価にダウンサスと純正ショックを中古で入手できたため、足回りのみ交換している。
 ’10年、精神的に落ち込んでいる時に維持費の計算をしてしまい、絶望的な数字が出た(と思い込んでしまった)ので売却。
 MITSUBISHI i G-type (HA1W)
 いくらRX-8の維持費に絶望したとはいえ、運転してつまらない・スタイルがワクワクしないクルマなんて買いたくない。
 もともとiがデヴューしたときに「買い替えるならコレ」と考えていたもの。ある意味願ったりかなったりである。アフターパーツの無さに、RX-8と違う意味で絶望している。
口コミ お馬鹿ちゃん♪なみっひーに色々と啓示を示して下さるとってもエライ&スゴーイ御方なの (・x・)

そしてその素顔は…
御家族を大切にされてるとってもイイっ!パパさん。
淡々と語られるジョーク、実はみっひーの壺なのはナイショなの <(・x・)>
きっかけはポータルのお絵描き掲示板でした〜。
やわらか〜い感じの可愛らしい絵を描かれております^^

えっと……『みさぃ』のですか?(笑
最近はみっくみくにされている模様ですw
いわゆる『萌え系』のイラストとは一線を画した絵を描かれます。その姿勢は非常に尖がっていて、挑戦的ですw
その姿勢は密かに自分も持っているのですが、私などはつい楽な方向に流されてしまうので、その辺は彼の毅然とした(絵の方向性をしっかり持った)姿勢がうらやましく見えますw
あ、ご本人は笑った時のたれた目が可愛い人ですw
データ更新日 2016-01-29 14:58:29
似ているお友達

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